2010年09月30日

レッド・ツェッペリン(4)ポンと700万円

★2007年09月30日掲載

昨日付「同(3)礼儀知らずな一部観客等」からの続きです。

公演の数時間前にメンバーは広島市役所を訪れ、当時の山田市長に被爆者援護資金として約七百万円寄贈の目録を手渡しました。
現在に換算したら金額ははるかに上回りますね!
レッド・ツェッペリンさんポンと700万 広島公演の全収益を被爆者の援護資金に

レッド・ツェッペリン来日を特集したミュージックライフ誌1971年11月号からも以下に引用しておきましょう。
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9月27日(月)広島公演こぼれ話
翌27日は、この来日公演でのハイライト、広島でのチャリティ・ショウが行われる日です。
1時に集合して、市長室へ。
すでに外人の記者を含めて、三十人ほどの報道陣が集まっていて、さっそく記者会見。
なぜこのチャリティ・ショウを行ったかという質問には、ロバート・プラントが素晴らしい答えかたをしていました。
「僕たちが生まれたとき、すでに原爆は落とされていました。しかし、誰が悪い、ということではなく、それはすでに起こってしまったことであり、私たちと同じ人間の仲間が起こしたたことです。私達には罪はないけれど、私達仲間の"過去”がやったことで、そのことに対して、やはり申し訳なさを感じます。そして、少しでも自分たちが、苦しんでいる人達の助けになればと考えたのです。
音楽は人々に平和と楽しさを与えるものです。その音楽をやっている僕たちが、少しでも力になれるなら、実に光栄だと思います」

そしてこの日の午前中、ロバートとジョン・ポール・ジョーンズは、原爆ドームと平和公園に行っていて(※引用者注。ジミー・ペイジも同行)、それまでは歴史の教科書でしか知らなかった原爆の実際の爪あとをその眼で見、二十数万の人が一瞬にして死を迎えた事実、そして今もなお多くの人々が後遺症で苦しんでいることを実感としてズシンと味わったと語っていました。感想は、と聞かれて、ジョン・ポール・ジョーンズはただひとこと、「何も言葉がありません」。
そして、この日の夜に行われる公演の切符の売り上げの総額7百万円を、広島市長に目録で手渡し、それに対して市長さんから、感謝のごあいさつと、感謝状および記念メダルをツェッペリン一行にプレゼント。
むろんこの夜の公演は感動と興奮のるつぼと化し、約四千人の聴衆が、三時間の熱演に熱狂のあまり、ステージを目がけて押しかけ、よじ登るというありさまで幕を閉じました。
●広島の平和公園を訪れたあと、ジミーは目に涙をうかべて(本当に!)”二度と戦争を起こしてはならない!”と語っていました。
●広島の市長さんは、ケンブリッジに留学なさってたとかで、かなりの高齢にもかかわらずペラペラと通訳なしでメンバーと親しく談笑しておられました。
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同誌同月号の読者による"ツェッペリンへの公開質問状"でのヒロシマ関連項目への回答も引用しておきましょう。
広島については?
静岡県浜名郡舞阪町○○○○
ロバート・プラント
僕たち自身は戦争を体験してないけれど、戦争については経験してきた人達からいろいろきいてよく知っている。人間の歴史にはこれまで戦争をくり返してきて、これからも絶対にないとは言いきれないものだし僕たちは音楽をやってるので、その音楽を通じて平和に一役かえればと思ったんだ。絶対に戦争なんて起こしちゃいけないからね。

※復刻時追記
当欄は翌日付復刻「広島市ゆかりのミュージシャンの快挙」へと続きます。

※2011年3月31日後記
英国政府の渡航自粛勧告
※2015年8月1日後記
碑文の流布「もちろんだ」@巨匠ギタリスト
posted by yutan at 00:21| 戦争、原爆、平和